2月19日。おじいちゃんが 死んだ。ワシ鼻で 彫りが深くて 色白の おじいちゃん。
おじいちゃんには ロシアの血が すこし 流れている。日本人離れした 顔立ちだ。
死に顔も 格好良かった。焼いちゃうのが 勿体無いくらい。
瞼が 堅く 閉じられていて あの グレイの瞳が もう 見られなかったのが 残念だった。

お葬式が終わって おばあちゃんの部屋に行った。おばあちゃんは ベッドの上に 腰掛けていた。
あたしが行くと 喜んで 蜜柑を呉れたから あたしは おばあちゃんの隣に腰掛けて それを 食べた。
部屋には おばあちゃんと あたし ふたりきりだった。あのとき おばあちゃんが 話して呉れたことを あたしは 忘れられない。
おばあちゃんは あたしに 云ったのだ。
『もしもわたしが死んでも おじいちゃんとおんなじお墓には 入れないでほしいの』
え?どうして?と 問うと 『わたしは いままで我慢していたけれど おじいちゃんのことが 大嫌いなの』と 云うのだった。
あたしはもう 驚愕してしまった。お見合い結婚とはいえ 50年も 連れ添ってきたのに。おじいちゃんは あんなに 男前なのに。
あたしは 男は顔だ と 常々考えていて おじいちゃんみたいなイイ男は 大好物なんだけれど その考えは 間違っているのかしら。
おじいちゃんは たしかに カッコよかったけれど 性格は 頑固で 威張っていて 結構 厭な奴だったかも。
勿論 孫のあたしには 優しかったけれど おばあちゃんが 我慢しなけりゃならなかったのも ちょっと わかる気がする。
びっくりしているあたしに おばあちゃんは さらに 続けた。
『あなたは 幸せな結婚をするのよ。好きな人と 一緒になるのよ。』
おばあちゃんの 結婚生活は 幸せじゃなかったのかしら。あたしは なんだか 切なくなってしまった。蜜柑は 甘酸っぱかった。

3月19日。おばあちゃんが 死んだ。突然に。
おばあちゃんの部屋で聴いた あの言葉は 図らずも 遺言となってしまった。
お通夜のとき 親族が広間に集まって お茶を飲んでいたら 誰かが 云った。
『ほんとに 仲の良いご夫婦だったのね。おなじ19日に ちょうど1ヵ月後に 後を追うように 亡くなるなんて。』
あたしは 其れを 複雑な気持ちで 聴いていた。傍目には たしかに 仲が良さそうだったのだ。でも 本当は。

形見分けで あたしは おばあちゃんの 愛読書を 貰った。島崎藤村の 『藤村詩集』。
読んでみたら 初恋の詩だとか 惜別の詩だとか なにやらすごく ロマンチックだった。
青春や恋を詠ったこの詩集を 80近いおばあちゃんは どんな気持ちで 読んでいたんだろう。
あたしは 思った。おばあちゃんには 他に 好きなひとが 居たのかも。ほんとは 別の誰かと 結婚したかったのかも。
初恋の人かしら。おばあちゃんが 娘だったころ。想像すると ドキドキしてしまう。おばあちゃんにも 恋をしていた頃が あったんだ。

あたしは おばあちゃんの遺言を 皆に伝えた。最期の 願いは しかし 聞き入れられなかった。
あたしは無力で 皆の決定を どうにも翻すことが 出来なかった。
おばあちゃんは おじいちゃんと おんなじお墓に 入ることになってしまった。
いまごろ 天国で おばあちゃんは おこっているかもしれない。おじいちゃんと 喧嘩してなけりゃ 良いけど。
それとも やっと 好きなひとに逢えて 喜んでいるかもしれない。空の上で 笑っているかしら。
あたしは おばあちゃんの もうひとつの遺言は きっと まもろうと 思う。
幸せな結婚をする。好きな人と 一緒になる。きっと 天国から みててね。おばあちゃん。

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